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大津地方裁判所 平成8年(ワ)611号 判決

甲事件、乙事件原告

清水治

外三名

右原告ら訴訟代理人弁護士

吉原稔

野村裕

小川恭子

玉木昌美

近藤公人

甲事件被告

大津税務署長

右原正卓

乙事件被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

被告ら指定代理人

草野功一

外六名

主文

一  原告らの被告大津税務署長に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  原告ら

(一) 訴外株式会社奥田商店(以下「奥田商店」という。)の申請に対し、被告大津税務署長が、平成八年八月八日付けで行った会社の酒類販売場際川店(以下「際川店」という。)の酒類販売場移転許可処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

(二) 訴訟費用は被告大津税務署長の負担とする。

2  被告大津税務署長

(本案前の答弁)

(一) 原告らの本件訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

(一) 原告らの各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  乙事件

1  原告ら

(一) 被告国は原告らに対し、それぞれ金二〇万円(原告ら四名合計八〇万円)及びこれに対する平成九年一月一一日(本訴状送達の日の翌日)から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告国の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  被告国

(一) 原告らの本件各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 仮執行免脱宣言

第二  事案の概要

一  本件は、被告大津税務署長が奥田商店際川店の酒類販売場の移転許可をすべきではないのに移転許可処分を行ったとして、移転先周辺の酒類販売小売店の経営者である原告らが被告大津税務署長に対して本件処分の取消を求めるとともに、本件処分によって売り上げが減少するなどの財産的損害及び精神的損害を被ったとして、被告国に対して国家賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  被告大津税務署長は、平成八年六月二六日付けで奥田商店が申請した同会社際川店を大津市唐崎三丁目二一番八号に移転することに関する酒税法一六条の移転許可申請について、同年八月八日付けで移転許可処分(本件処分)を行った。

2  際川店の原免許は平成五年五月二八日付けで取得され、以後、際川店には「株式会社奥田商店際川店」という看板が掲げられていた。店舗の設置されていた場所は大津市際川三丁目周辺の国道一六一号線より西に入ったファミリーレストラン明治亭の裏庭の一角で、その奥には唐崎小学校がある。

3  原告らは際川店の移転先である唐崎店(以下「唐崎店」という。)の周辺で、酒類販売小売業の販売免許を得て酒類販売業を営む小売店であり、原告清水治は唐崎店より直線距離で約三〇〇メートル、同池田文次郎は直線距離で約四五〇メートルの場所に位置し、その余の原告らも唐崎店から一〇〇メートル以上の離れた場所に位置している。

第三  本案前の主張

甲事件における原告適格の有無

(被告大津税務署長の主張)

酒税法における酒類販売業の免許制度に関する諸規定は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとするものであって、既存の酒類販売業者を保護するものとは解されないから、原告らが、他の酒類販売業者の販売場の移転が許可されないことによって、仮に何らかの利益を得ることがあるとしても、酒税の徴収確保という財政目的から設けられた酒類販売業免許制度による反射的利益ないし事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ということはできない。したがって、原告らの本件取消訴訟は、原告適格を欠き不適法である。

(原告らの主張)

酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律は小売店によって酒類業組合を組織させ、同法四二条で組合の事業としていろいろの規制を認めて小売店の健全な維持発展を図っていること、酒類販売業免許取扱要領により小売業免許を与える要件の一つに距離基準を定めているところ、最高裁判所昭和三七年一月一九日第二小法廷公衆浴場営業許可無効確認請求事件判決及び最高裁判所平成六年九月二七日第三小法廷風俗営業許可取消請求事件判決における「距離制限」の趣旨が酒類販売にも当てはまることに照らせば、酒類の販売免許制度は、酒税の確実な徴収や到酔性の商品であることからくる国長の健康保持、青少年健全育成の目的、酒類販売業者の共倒れを防止することで、小売店の健全な営業を維持発展を図ることを目的としており、近隣既設小売業者が適正な許可制度の運用によって受ける利益は、単なる反射的利益にとどまらず、法によって保護された利益というべきである。したがって、原告らは原告適格を有している。

第四  本案の争点

一  本件処分の無効性、違法性

(原告らの主張)

1 奥田商店は、平成八年六月二六日付けで被告大津税務署長に対し、同社の酒類販売場際川店について、酒税法一六条に基づく移転許可申請をしていたところ、奥田商店は、右移転許可申請審査中の平成八年八月一日に際川店を取りつぶしたから、同販売場は廃止されたものというべきである。かように販売場が廃止された場合、免許は失効・消滅するのであり、免許の失効・消滅した販売場について移転許可をすることは違法である。

仮に、販売場の廃止によって免許は当然に失効・消滅しないとしても、際川店は、販売場の建物自体が完全に撤去・消滅しているのであるから、「休業場」「みなし休業場」「二年以上引き続き酒類の販売をしない者」にあたり、これに対して、移転許可をすることは違法である。

2 また、際川店は、原免許を取得した当初から酒類を陳列しておらず、自動販売機もなく、店員もいないなど実態がなく、販売場に該当しないことは明らかであるから、そもそも原免許を付与したことが違法であり、このような違法な免許にかかる販売場の移転許可も違法である。

仮に、際川店が営業を行っていた店舗であるとしても、取扱要領第5章第1及び第2には、移転後の販売面積が移転前より一〇〇平方メートル以上増加することになる場合で、かつ、増加後の販売面積が三〇〇平方メートル以上となる場合には、酒税法一〇条一一号に該当し不許可とするとされているところ、際川店の面積は約六平方メートルであり、唐崎店の面積は五二五平方メートルであるから、際川店から唐崎店への移転は販売面積の増加が著しい場合にあたり、移転許可としては扱えず、新設販売場として申請し、許可することが必要であり、本件移転許可処分は違法である。

(被告大津税務署長の主張)

移転前の販売場(際川店)の取り壊しは、本件処分の八日前にすぎず、際川店の敷地は借地であり貸主から明渡しを求められていた事情もあるから、移転許可の判断に当たって何ら支障を生じさせるものではない。

そして、酒税法の「販売場」は店頭販売はもとより受注等によって販売契約の締結を行う場所も含まれるところ、際川店は受注等による販売を主な営業にしていたから、際川店に対する原免許付与が適法であることはもちろん、同店は「休業場」にあたらず、「販売場」にあたる。

また、奥田商店は、唐崎店において酒類以外の商品も扱っており、酒類販売場として使用する部分の実測面積は際川店に比べ著しく増加していない。

二  (乙事件について)

1  適法性について

(原告らの主張)

被告大津税務署長は、前述のとおりの違法な処分を行い、原告らに後記の損害を被らせた。

(被告国の主張)

国家賠償法一条一項の「違法」とは、公務員の行為が、「個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反する」ことをいうものであるところ、酒税法は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとする財政目的のために他ならず、原告ら既存の業者に対し職務上の法的義務を負担するものとは解せられる余地はないから、原告らの本訴請求は、主張自体失当である。

仮に、法的義務があるとしても、前述のとおり違法はない。

2  故意過失について

(原告らの主張)

被告国の公務員が故意又は過失によって違法に原告らに後記の損害を与えた。

(被告国の主張)

大津税務署の審査担当者が実地確認、販売状況の確認、唐崎店の店舗面積の計測確認等を行っているから、審査担当者は職務上通常尽くすべき注意義務を果たしている。

3  損害について

(原告らの主張)

本件処分によって、唐崎店において安売り販売が行われ、原告らの営業に多大の影響を与え、売り上げの減少及び精神的苦痛を受けた。

(被告国の主張)

原告らの売り上げは、唐崎店の進出以前からも逐年で減少しており、唐崎店進出以前にも、酒類販売業免許を有するディスカウント店が進出していることからすると、売上金額の減少が、本件処分による唐崎店進出に起因するものとはいえない。

第五  証拠

本件記録の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第六  本案前の主張に対する検討

甲事件における原告適格の有無

一  行政事件訴訟法九条に定める「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数の具体的利益をもっぱら一般公衆の利益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するということができる。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通じて右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるかどうかによって決すべきである。

これを本件についてみるに、酒税法は、酒類には酒税を課するものとし(一条)、酒類製造業者を納税義務者と規定し(六条一項)、酒類等の製造及び酒類の販売業について免許制を採用している(七条ないし一〇条)ことからして、酒税法における酒類販売業の免許制度に関する諸規定は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとするものであって、これを既存の酒類販売業者を保護するものと解することはできない。

したがって、他の酒類販売業者の販売場の移転が許可されないことによって原告が得る利益は、酒税法によって保護されるべき個々人の個別的利益とはいえず、酒税の徴収確保という財政目的から設けられた酒類販売業免許制度による反射的利益ないし事実上の利益にすぎないから、原告らの本件取消訴訟の訴えは、原告適格を欠く不適法なものとして却下を免れないものというべきである。

二  この点原告らは、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律の規定及び酒類販売業免許取扱要領の距離制限の趣旨から、酒類の販売免許制度は、酒税の確実な徴収や致酔性の商品であることからくる国民の健康保持、青少年健全育成の目的、酒類販売業者の共倒れを防止することで、小売店の健全な営業を維持発展を図ることを目的としており、近隣既設小売業者が適正な許可制度の運用によって受ける利益は、単なる反射的利益にとどまらず、法によって保護された利益であるから、原告らは原告適格を有していると主張する。

しかし、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律は、一条で「この法律は、酒税が国税収入のうちにおいて占める地位にかんがみ、酒税の保全及び酒類業界の安定のため、……もって酒税の確保及び酒類の取引の安定を図ることを目的とする。」と規定しているのみであって、原告ら主張のような個々の既存の小売店の利益を確保する目的を有している根拠にはならないというべきである。

三  また、原告らの引用する最高裁判所昭和三七年一月一九日第二小法廷公衆浴場営業許可無効確認請求事件判決は、公衆浴場の利用者の範囲が地域的に限定されているため企業としての弾力性が乏しいこと、自家風呂の普及に伴い公衆浴場業の経営が困難になっていることなどに鑑み、適正配置規制の目的を既存公衆浴場業者の経営の安定を図ることにより、自家風呂を持たない国民にとって必要不可欠な厚生施設である公衆浴場自体を確保しようとするものと判断したのであって、本件とは事案を異にするというべきである。また、最高裁判所平成六年九月二七日第三小法廷風俗営業許可取消請求事件判決についても、当該営業許可を受けた風俗営業所が風俗営業制限地域内に所在するか否かが実体審理をしなければ判明しない程度に至近距離内にあり、原告適格を審査するに当たっては、処分の適否という本案についてと同一の審理をせざるをえない関係があるため、原告適格の有無が明らかになった時点で既に審理が本案の判断をするのに熟しているという場合であって、これも本件とは事案を異にするものというべきである。

さらに、公衆浴場法及び風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律のいずれも距離制限規定が法律で規定されていながら、酒税法においては直接距離制限規定が置かれていないことからしても、右の最高裁判決と同一には論じられない。

したがって、原告らの主張は採用できず、甲事件の訴えは不適法というべきである。

第七  乙事件の本案の争点に対する判断

一  前提となる認定事実

前記当事者間に争いのない事実、甲一の二、一の三二の四、九ないし一一、検甲一、二、乙一三ないし一八、二〇、二六ないし二九、原告清水治の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  奥田商店は、平成五年五月二八日付けで際川店の酒類販売業免許を取得した。

際川店は、主にビール・調味料等について電話注文を受け、取引先への発送は、営業本部が行っていた。際川店の主な取引先は、ラーメン店の第一旭大津店、同膳所店、ちゃんこ料理店の三杉里などがあり、平成五年五月ころからの取引数量は、第一旭大津店は年間約4.5キロリットル、同膳所店は年間約5.3キロリットルであった。

際川店の営業状況は、原則として月・水・木・金曜日の午後一時から四時までの営業で平成六年九月ころから女性パート店員が主に電話注文を受ける形で行われていた。

2  際川店は、もともとファミリーレストラン明治亭から土地を賃借し、プレハブ小屋を建てたものであったが、平成八年三月ころ明治亭が宅配弁当事業の拡大により宅配車の駐車場スペースを確保する必要から、平成八年六月末までに右敷地を明け渡すよう申し入れをしたため、同年七月末に取り壊された。

3  唐崎店、有限会社つる屋本店から店舗を賃借したもので、賃貸部分は、一階部分の面積が登記簿上は三六三平方メートル(実測約三四〇平方メートル)、駐車部分と合計すると七四六平方メートルとなるが、うち酒類販売場は、約二五九平方メートル、食品売場は、約八一平方メートルとなる。食品売場には、主に米・醤油・飲料水・缶ジュース・お菓子・パン・トイレットペーパーなどが置いてある。

二  本件処分の違法性について

1  国家賠償法一条一項の「違法」とは、公務員の行為が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することをいうものと解される。

これを、本件についてみるに、前記のとおり、酒税法は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとするものであり、原告ら既存の業者に対し職務上の法的義務を負担するものと解する余地はないから、その余について判断するまでもなく、原告の請求は棄却を免れない。

2  この点、原告らはいろいろの点を挙げて本件処分が違法であると主張するので、これについてさらに付言するに、仮に、職務上の法的義務が認められるとしても、以下の理由から、違法とはいえないものというべきである。

(一) まず、原告らは、「奥田商店は、本件移転許可申請審査中の平成八年八月一日、際川店を取りつぶしているから、右販売場は廃止されたものというべきである。この場合、免許は当然に失効・消滅するのであり、免許の失効・消滅した販売場について移転許可をすることは違法である。」と主張する。

しかしながら、この点、酒税法は、酒類販売業者の免許の取消について、二年以上引き続き酒類の販売業をしない場合(同法一四条三号)、酒類販売業者がその販売業を廃止しようとするときの免許取消し申請の場合を規定しているだけで、原告ら主張のような販売場建物の取り壊しの場合については規定していないから、原告らの右主張は採用できない。

(二) また、原告らは、「際川店は、店舗の実態を有せず、販売場に該当しないことは明らかであるから、原免許を付与したこと自体が違法であり、このような違法な免許にかかる販売場の移転許可も違法である。」「際川店は、販売場建物を取り壊しているから『休業場』『みなし休業場』『二年以上引き続き酒類の販売をしない者』にあたり、移転許可をすることは違法である。」と主張する。

しかし、前記認定事実によれば、際川店はプレハブ造りであったが、主にビール・調味料等について電話注文を受ける形態で取引をし、主な取引先はラーメン店の第一旭大津店、同膳所店、ちゃんこ料理店の三杉里、平成五年五月ころからの取引数量は、第一旭大津店につき年間約4.5キロリットル、同膳所店につき年間約5.3キロリットルであったことが認められるのであるから、際川店は営業の実態を有しており、原免許の付与に違法はなく、「販売場」ということができる。したがって、この点に関する原告らの主張も理由がない。

(三) さらに、原告らは、「仮に、際川店が営業を行っていた店舗であるとしても、際川店から唐崎店への移転は販売面積の増加が著しい場合であるから、移転許可としては扱えず、新設販売場として申請し、許可することが必要であり、本件移転許可処分は違法である。」と主張する。

しかし、前記認定事実によれば、唐崎店は、有限会社つる屋本店から店舗を賃借したものであり、賃貸部分は、一階部分の面積が登記簿上は三六三平方メートル(実測約三四〇平方メートル)、駐車部分と合計すると七四六平方メートルであるが、うち酒類販売場は、約二五九平方メートル、食品売場は、約八一平方メートルで、食品売場には、主に米・醤油・飲料水・缶ジュース・お菓子・パン・トイレットペーパーなどが置いてあることが認められ、増加後の酒類販売場の面積が三〇〇平方メートル以上となる場合にあたらないことは明かであるから、原告らの右主張も理由がない。

第八  結論

以上によれば、甲事件の訴については、訴訟要件を欠く不適法なものであるから訴えを却下し、乙事件の請求については、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六五条一項本文、六一条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官末永雅之 裁判官小島法夫)

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